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原題は"Up"。このハリウッド史上最短級の単刀直入なタイトルが、ガンコじいさんの胸に去来する様々な想いを大空へと向かわせる。それは行き場を失った彼があたかも天に召されるみたいで多少ドキッとするが、だからこそ旅の道連れとなるボーイスカウト少年はカールじいさんと地上とをかろうじて繋ぐ糸のような存在なのだろう。

carl01.jpgと、ここまで書いて、これは『グラン・トリノ』の感想だったかな?と読み返してしまう自分がいる。

『ウォーリー』の脚本を手掛けたピート・ドクター監督は、本作のオープニングでも鮮やかに言葉を消失させる。カールじいさんが幼なじみの妻と歩んだ人生最良の日々とその別れをサイレントで綴り、そのシンプルゆえ誰の人生にも呼応しうる繊細な表現は観客の心に大粒の涙を降らせる。

残されたのは風船を手に持ったじいさん、ただひとり。

かつてディズニー/ピクサー作品でこれほど率直に"死"を扱ったことがあっただろうか。


carl02.jpg 加えて見どころなのは、アルベール・ラモリスの『赤い風船』を彷彿とさせるあの無数の風船の、まるで色とりどりの新芽が一斉に吹き出すかのようなお披露目シーンだ。いよいよ浮力がみなぎり、自宅がフワリフワリと浮上していく瞬間の羽毛の先端にも似た絵ざわりは、まさに「アニメ=CG=技術」を超えたアニメーターたちのアーティスティックな腕の見せ所といえよう。


中盤からは転調。冒険譚はアメリカ開拓史のようにも、あるいは行方不明の誰かを追いかけた『地獄の黙示録』のようにも変貌していく。もちろんファミリー向け映画の範疇でこれをやるのだから、濃厚な原液を薄める所作にも余念がない。

それから、次々と飛び出してくるキャラクター(人間だけとは限らない)がそれぞれ一人ぼっちの孤独な存在で、彼らがタッグを組むことで次第にファミリーの絆が育まれていく...ってのもハリウッドの王道といえば王道なわけで。

総じて気付かされるのは、他スタジオならば実写としても映像化可能な題材を、本作はあえてアニメーションの視座に基づいて具現化しているということだ。

もはやアニメーションは「この手法でなければ描けない世界」を視覚化するツールにとどまらず、皆の前にひとしく広がった世界を見つめる、ひとつの視座の域にまで到達している。

それを可能にしているのがディズニー/ピクサーとして培ってきた作家性とブランド=歴史であることは言うまでもなく、これからも彼らの作品は職人芸と最新技術の特殊工房としてジャンルを超えて視座を広げていくことだろう。

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ちなみに・・・

本作に登場する不思議な犬"ダグ"は今年のカンヌ映画祭にて最も優秀な映画犬に送られる「パルムドッグ賞」を受賞している。間抜けなようで(失礼!)実は偉大な犬なのだ。これからご覧になられるかたはぜひ敬意を持って接してあげてほしい。

「カールじいさんの空飛ぶ家」《字幕スーパー版/日本語吹替版》

愛する妻が死にました―
だから私は旅に出ます。

2009年アメリカ映画
日本語字幕翻訳:石田泰子
上映時間:1時間43

配給:ウォルト ディズニー スタジオ モーション ピクチャーズ ジャパン

WALT DISNEY PICTURES/PIXER ANIMATION STUDIOS.ALL RIGHTS RESERVED.


12月5日、全国ロードショー

公式HPhttp://www.disney.co.jp/movies/carl-gsan/
大ヒット上映中

【映画ライター】牛津厚信

2012

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その被写体として常に人類未体験の脅威を必要としてきたローランド・エメリッヒ。サイボーグ、宇宙人、怪獣、自然災害...。映像開発のハードルをひとつひとつクリアし、そこで得たサンプルを次に応用することで、映画におけるVFX技術の革新に大きく貢献してきた。そんな彼が決して同時代に生きる人間を敵としないのは、かつて米ソによって東西に引き裂かれたドイツを母国とするからなのだろうか。

2012-01.jpgエメリッヒが見せるビジョンは常に驚愕とともにあった。その功績に観客が熱狂する一方、とある批評家は「映像は凄いけど、中身はスカスカじゃないか」と罵るかもしれない。しかし映画とは、そもそもリュミエールがグランカフェで上映した「蒸気機関車」に端を発するものであり、当時、そこに居合わせた観客が驚きのあまりに席から飛び上がったとされる逸話からも、いま僕らがエメリッヒの『2012』をやはり「すげえな」と呟きながら見つめてしまう生態には、遺伝子上の符号性を感じずにいられない。

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これはいわばお祭りである。万博である。映像見本市。あるいは技術報告会とも言えるのかも。もはやマヤ文明による「2012年、地球滅亡」という予言すらもあまり関係ない(予言のことにはほとんど触れられない)。ただ地が割れ、溶岩が噴出し、街が、いや世界が壊滅し、海水が津波となって山脈を襲う。ストーリーが多少おざなりになっても気にしない。「ンな、ばかな!」という観客の必死のツッコミさえ、ここでは大地のゴゴゴ...を増幅させる音響効果として、たやすく映画の内部へと吸収されてしまう。

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だからこそ『2012』を、ディズニーの『ファンタジア』のごとく、音と映像のハーモニーとして受け止めることを提案したい。

そしてクライマックスにも増して緻密に描きこまれた前半部のハイライト、ロサンゼルスの大地震&脱出シーンを讃えよう。

スローモーションで崩壊していく高層ビルやハイウェイの間隙をすり抜けて、ジョン・キューザック演じる主人公らを乗せた車が、そして小型セスナがきりもみしながらなんとかサバイブを遂げていく。その窓からは、地表が隆起し、重力に重心を奪われた車両や人間が雪崩のように奈落の底へと呑み込まれていく光景がうかがえる。

複数のVFX工房が参加した本作ではシーンごとに多少クオリティの差があるものの、デジタル・ドメイン社担当のこのシーンに限ってはまるで絵画のような特殊効果が冴える。ダイナミックなVFX映像と、瓦礫の砂塵さえも見せつける映像の鮮明さが相俟って、まさにマクロとミクロが一気に眼前に押し寄せたかのような視覚情報の洪水。息継ぎにさえ苦慮するほどの映像世界に圧倒されながら、ようやく僕らの頭に思い浮かぶのは、「美しい...」の一言ではないだろうか。

2012-04.jpg最後に断わっておくが、『2012』を観て「地球が崩壊したらどうしよう...」と不安に駆られる心配はまず無い。本当に観客の恐怖心を刺激したいのならばそれは"ホラー"になるし、それはスペクタクル映画の本来の役割ではない。この映画の人間たちは、結局のところ、どんな状況に見舞われても生きる気満々なのだ。

そして当のエメリッヒだって、この映画とともに滅亡しようという気はさらさら無い。それどころか、この先『2012』で培った経験値を反映・増幅させ、さらなる未曾有の脅威をクリエイトしていこうと、秘かに誓いを立てていることだろう。

「2012」
これは、映画か
http://www.sonypictures.jp/movies/2012/
11月21日(土)より、丸の内ルーブル他全国ロードショー

【映画ライター】牛津厚信




マイケル・ジャクソンは死んでいない。少なくともこの映画の中では彼の死について言及されず、再起に意欲を見せる"キング・オブ・ポップス"が永遠の若さを手にしたままフィルムに焼きついている・・・

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とまあ、前口上を垂れたところで、私もこの10年間、マスコミによって垂れ流されてきたマイケルに関する都市伝説にも似たゴシップを面白おかしく眺めてきた輩である。

是枝作品『歩いても歩いても』で主人公はこう言う。「ほら、人生はいつも、少しだけ間に合わない」。"THIS IS IT"に触れた多くの観客もまず懺悔から始めると思うのだ。間に合わなかった何かを少しだけ心の中で埋め合わせながら。

そしてマイケルはそれを許すとも、許さないとも言わぬまま、ただスクリーンで「怒ってるんじゃないよ。L・O・V・Eだよ」とだけ答えるのだ。

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あるいは、暗闇から幕を開けるこのドキュメンタリーが、オランダから来たという若者に第一声を託したのにも、なんだか胸の中が熱くなる感慨があった。マイケルと父子ほど年齢の離れたオーディション参加者たちが、いかに自分がマイケルに影響されて人生を歩んできたかを吐露するのだ。
みんな目がキラキラしている。今や僕らはこの輝きを指さして嘲笑したりできようものか。みんないつだってマイケルのことが大好きだったのだ。あなたも私も、小中学生のときにあれほど学校で「ポウ!」と叫んでいたではないか。


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再起不能とも言われていたマイケルが、ステージ上を華麗にムーンウォークで移動している。たった一小節の中に組み込まれる繊細なダンス、「ンーダッ!」という唸り声、空を舞うような高音、そして両手を広げてどこかへ飛翔するかのようなポージング。

カリスマとして君臨してきた彼が、スタッフたちと打ち合わせる姿も興味深い。感覚的、詩的な表現で指示を出すマイケルに対して、スタッフは彼に敬意を表しつつ、丁寧に食い下がって確認を重ねていく。こういうシーンを目にすることで僕らはなんだかとても安心する。人間というものは、誰かを介して見つめられたときにこそ、最もその"人となり"が明らかになるものだから。

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ここには不安神経症の王子様など存在しない。人と人の間で創造性を発露しつづけるアーティストがいるだけだ。また、そのリハーサルの神々しさに触れたダンサー、ミュージシャン、セッティング・スタッフが、我々の代わりに歓喜し、手をウェイブさせ、盛り上がる姿があるだけだ。マイケルも彼らに感謝の言葉を表明する。

「みんなよくやってる。理解と忍耐をもって前に進もう。世界に愛を取り戻そう」

彼の言う「愛」はついに商業的な愛に染まることはなかった。かといって具体的な愛というわけでもなく、それはあたかも初めて愛を覚えた少年が、その感慨を「そのまま」の純真さで生涯あたため続けてきたかのようだった。

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同じく「みんな変わろう」と呼びかける彼は、ちっとも具体的ではなかった。

しかし今になって初めてわかるのだ。

彼は具体例を示す代わりに、歌い、踊ることを選んできた人間だったのだと。


『マイケル・ジャクソン THIS IS IT』
公式サイト:http://www.sonypictures.jp/movies/michaeljacksonthisisit/
2009.10.28(水)全世界同時公開

【映画ライター】牛津厚信